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東京地方裁判所 昭和29年(行)87号 判決

原告 小笠原干二 外六三名

被告 文化財保護委員会

訴訟代理人 広木重喜 外四名

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は「被告が、訴外中国電力株式会社の申請により昭和二十八年十一月二十八日為した広島県山県郡八幡村所在の特別名勝三段峡の現状変更を許可した処分はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との趣旨の判決を求める旨申立て、その請求の原因として、

「一、請求の趣旨記載の特別名勝三段峡は、中国山脈の東辺を集水区域とする大田川の上流柴木川の大峡谷で、その谷間の渓流は瀑布と深淵の連続をなし、その両岸は高さ数百尺に及ぶ豪岩が絶望となつてそそりたち、滝はいずれも三段滝になつている全国屈指の景勝地である。それ故大正十四年史蹟名勝天然記念物保存法によつて名勝に指定され、昭和二十八年には文化財保護法によつて特別名勝に指定された。

二、ところが、訴外中国電力株式会社(以下訴外会社という)はこの三段峡の上流に位置する原告等の居住部落の広島県山県郡八幡村大字樽床に発電所を建設する企画をたて、それに必要なダムの建設を同地に計画し、三段峡え流れ落ちる柴木川の水全部をここにせきとめて貯水しようとして、訴外広島県知事に対しその許可の申請をなした。そして右ダムの建設ができれば、当然に特別名勝三段峡の景勝美観のもととなる流水の枯渇或いは減水を招来し、その現状の変更を来たすことになるので、訴外会社は昭和二十八年一月二十二日被告に対し、文化財保護法第八十条第一項の規定により特別名勝の現状変更の訴可申請を為した。

これに対し、被告は同年十一月二十八日現状の変更を許可する処分(以下本件処分という)を為した。原告等は昭和二十九年五月二十三日になつて右処分のあつたことを知つたのである。

三、然し乍ら被告の為した右処分は次の理由により違法である。

即ち被告は現状変更を許可する場合に、その許可の条件として現状の変更に関し必要な指示をすることができるところ、被告は本件許可の条件として、三段峡に落ちる流水をダムの出口において人工的に調節し、夜間と冬期間はこれをせき止め、春夏秋の昼間だけ流しだすことと定めているが、この条件がいかに特別名勝の自然美を害するものであるかは説明を要しないところである。けだし前述のように三段峡が特別名勝に指定されたのはその谷間の水の流れと滝と淵の景観にあるのであるから、水がなくなればもはや景勝の残骸にすぎないものとなるからである。従つて特別名勝をこのような形で現状の変更を許可した本件処分は違法たるを免れない。

四、原告等或いはその先代は地元部落民として三段峡の開発には終始努力をしてきた。即ち大正九年に三段峡の一部(八幡村区域)に保安林指定の運動をおこして指定を得たのを始めとして前記のように三段峡が名勝及び特別名勝に指定されたのも原告等或いはその先代の運動の結果なのである。このように原告等は三段峡の開発者であり、且つ地元部落民として、又国民としてこの名勝を観賞する権利を有する者であるが、本件処分によつてその権利を害される詐りでなく、三段峡の景勝が全国に宣伝され、原告等の部落が観光地として発展することにより、道路及び交通機関が発達し、それに伴つて都市との文化の交流が盛んとなり、原告等部落住民全体の文化生活の向上が期待できるのに本件処分によつてそういう利益も害される結果となるのみならず、又原告平田愛作、同後藤吾妻及同平馬侶市は原告等の部落附近から採取されるわらび、ぜんまい及び椎茸の天恵物栃団子桜茶及び三段峡ようかんの特産物の販売業を営む者であるが、右三名で一日の売上高は平均金一万円でその利益は一年間で金七十二万円にのぼり、また右原告後藤吾妻は旅館業も営んでいるが、一日平均三人の客があり、その宿泊料等として一日金千五百円の売上げがありその約三割が利益になるから一年間に金十六万二千円の利益を得ているものであつて、本件処分によつてこのような利益を侵害されるのみならず将来観光地として発展することによつて益々増大する得べかりし利益を喪失することになるから、原告等はいずれも本件処分によつて前述の権利及び利益を侵害されたものである。よつて原告等は本件処分の取消を求めるため本訴請求に及んだ。

五、被告の本案前の抗弁に対して

(一) 文化財保護法第八十五条の二の規定により、現状変更の許可処分に不服のあるものは、被告に異議申立を為すことができるところ、原告等は特別名勝三段峡の利害関係人として本件処分に不服であるから被告に対する異議申立権を与えられているのであるが、広島県知事は、本件処分を前提として既にダム建設を許可し、訴外会社は当時工事の着手の準備を為しており、いつ工事が開始されるか知れない状態にあつたので異議申立をせずに直ちに本訴に及んだものであつて右の事由は行政事件訴訟特例法第二条但書の正当の事由のある場合に該当するものである。従つて文化財保護法の前記条項によつて法律上右処分の取消を求める訴訟上の利益が認められているのである。

(二) 仮りに右主張が認められないとしても行政権の適正な行使は民主々義憲法の下では絶対に必要なことである。その適正な行使を保障するため、違法な行政処分の取消或は変更を為す権限を裁判所に与えているのである(行政事件訴訟特例法)、従つてその立法趣旨から考えるとかかる行政事件の訴訟においては保護される利益を被告の主張するように経済的利益のみに局限することはできないのである。何故ならば若しそうするならば国民が憲法によつて保障されている幸福追求権や文化的最低生活権に基く諸権利その他の公法上の権利に基ずく利益を否定することになり、それは良識に反することとなるからである。従つて前記の如き原告等の権利或は利益でもつて本訴の利益は十分であるから被告の主張は理由がない。」と述べた。

被告指定代理人は主文第一項同旨の判決を求め、その理由として、

「一、本件処分は文化財保護法第八十条第一項によつて訴外会社に対し発電のためのダム建設及び取水のため特別名勝三段峡の現状を変更することを許可したもので、右訴外会社その他三段峡の土地所有者等の利害関係人以外には何等の法律上の効果を及ばすものではない、ところで原告等が主張する観賞する権利というのは法律上保護さるべき具体的権利ということはできないし又同法による名勝等の指定の目的は「名勝等の文化財を保存しかつその活用を図り、もつて国民の文化的向上に資するとともに世界文化の進歩に貢献すること」にあつて(同法第一条)名勝地附近に居住する住民に対して原告等の主張するような名勝を観賞する権利とか観光地として発展することによる文化生活の向上或は天恵物、特産物の売上げによる利益とかを法律上付与するものではないことは同法上明らかである。従つて仮りに(原告等主張の天恵物特産物の売上、旅館営業による各利益は否認するが)原告等が主張するような権利或いは利益が害されたとしても、それらの権利或いは利益はいずれも法律上保護さるべき権利或いは利益ということはできないで、たかだか原告等が右指定によつて事実上享受しているもので、右指定の反射的利益にすぎないと解すべきである。それ故本件処分によつて原告等は何ら具体的権利及び法律上の利益を侵害されたことにならないから法律上いわゆる民衆訴訟を認める特別の規定のない以上本件取消を求める利益はないといわなければならない。

原告等は文化財保護法第八十五条の二の規定によつて異義申立権があり、従つて法律上、訴の利益が認められていると主張するけれども、同条項は昭和二十九年五月二十九日法律第百三十一号によつて改正された際挿入され、その付則第一項により同年七月一日から施行されたものであるが同付則第三項の経過規定によるとこの法律施行前六月以内にこの法律による改正前の文化財保護法に基ずく原状変更等の許可、不許可の処分について不服のある者はこの法律施行の日から三十日以内に異議申立ができることになつておるところ、本件処分は右法律施行前六月以上遡る昭和二十八年十一月二十八日に為されたものであるから右規定の適用はなく、原告等に異議申立権はないし、仮りに異議申立権が認められているといつても当然に行政事件訴訟の原告たるの適格を有するものではない。

二、なお被告が本件処分を為したのは前記のとおり昭和二十八年十一月二十八日で、原告等は右処分のあつたことを同年十二月中知つたものであるから、行政事件訴訟特例法第五条第一項によりその取消を求める訴の出訴期間は昭和二十九年六月末日までである。然るに本訴は昭和二十九年八月三十日提起されているから右出訴期間経過後になされた不適法な訴であつて、この点からするも却下を免れない。」と述べ、

三、請求原因事実に対する答弁として

「原告等主張の地域に存する特別名勝三段峡が原告等主張の年にそれぞれ史蹟名勝天然記念物保存法により名勝に、文化財保護法により特別名勝に指定されたこと、原告等が右三段峡の地元部落民であること、訴外会社が原告等主張の場所に発電所の建設を企画し、そのためのダム建設を計画し広島県知事にその許可を申請したこと、ダム建設によつて右三段峡の現状変更が余儀なくされるので被告に対し原告等主張の日に現状変更の許可申請をし被告が原告等主張の許可処分を与えたことはいずれも認める。」と述べた。

理由

先ず原告等の本訴請求の適否について判断する。

原告等は本件において、被告が、文化財保護法第八十条第一項により、訴外中国電力株式会社の申請に基いて、同会社に対して為した特別名勝三段峡の現状変更を許可した処分が違法であるとして、その取消を求めている。

このような第三者に与えた行政庁の許可処分が違法であるとしてその取消の訴を提起し得るには、その処分によつて自己の権利又は法律上の利益が侵害される場合に限るのであつて、単に事実上の不利益を蒙るに過ぎない場合には右のような訴の利益はないと解すべきである。

ところで原告等は三段峡の開発者或はその後継者として、地元部落民として、又国民として名勝を観賞する権利を有しているのに、本件処分によつてその権利が害されたばかりでなく、その景勝が世に紹介され同地が観光地として発展することに伴い、都市との文化の交流が盛んとなり原告等部落住民の文化生活の向上が期待できる利益が害され、又原告平田愛作、同後藤吾妻、同平馬侶市は天恵物特産物の販売による利益、右原告後藤は旅館営業による利益を夫々害されたと主張しているのである。そこで原告等の主張の権利或は利益というものが法律上保護されるべきものであるか否かを検討しなければならない。

文化財保護法による特別名勝の指定は、同法第一条に規定するとおり特別名勝等の文化財に大切に保存し、その活用を図り、もつて国民の文化的向上に資するとともに、世界文化に貢献するためその管理を適正に規制するためになされるものであつて、この指定があつたからといつて特にその開発者、地元住民又は国民一般にこれを観賞する権利を与えているものではないのである。原告等は特別名勝を観賞する権利といつているが、文化財の所有者その他の関係者はできるだけこれを公開する等その他文化的活用に努めなければならないとされているが(同法第四条第二項参照)、同法はこれ等の者に公開その他文化的活用に努力すべき義務を負担しているのではなく、単にこれ等の者に文化財の文化的活用に関する心構を要望しているのに過ぎないのであつて、その公開等によつて地元住民その他国民一般が文化財の文化的活用をし得る機会を与えられ、特別名勝についていえばこれを観覧し観賞し、写真に収め、絵画に画く等の自由と利益が与えられている場合があつても、これは右の公開等による反射的利益に過ぎないものであつて、法律によつて保護せらる法律上の利益ということはできないものである。又その指定によつて原告等主張の如き地元部落民に対し、文化生活の向上による利益をもたらすことがあり、又その地元の特産物、天恵物の販売店或いは旅館の営業主に対して観光客の集来に伴う売上げの増加という利益を来すことがあつても、これは指定により法律の付与した利益ではなくて、指定による反射的利益というべきものである。これを要するに、原告等の主張する権利又は利益というものは、三段峡の地元民として事実上享受しているものであつて、法律の認める権利又は法律上の利益ということはできないと云わざるを得ない。

そうすると原告等は本件処分によつて権利又は法律上の利益が害されたとは認められないから右処分の取消を求める訴の利益はないといわなければならない。

次に原告等は同法第八十五条の二によつて異議申立権が認められているから法律上訴の利益があると主張するけれども、異議申立権と訴権との関係は暫らくおくとして、同条項は昭和二十九年五月二十九日法律第百三十一号による改正の際追加挿入された規定で、右改正法の付則第一項により昭和二十九年七月一日から施行されたところ、同法付則第三項によつてその施行前六ケ月以内に改正前の同法第八十条第一項の規定によつて為された原状変更等の許可、不許可の処分で特定の者に対して行われたものに不服のある者は、右改正施行の日から三十日以内に被告委員会に対して異議の申立ができ、この場合には前示第八十五条の二第二項及び第三項が準用されることになつている。ところが本件処分は訴外会社に与えられた原状変更の許可処分ではあるが、これがなされた日が右改正法施行の日から六ケ月以内ではなくて、これよりも更に一ケ月以上以前である昭和二十八年十一月二十八日為されたものであることは原告等の主張自体明らかであるから、本件処分については被告に対して異議申立をすることができないことは明らかである。

そうすると原告等は本件処分に対して取消の訴を提起するにつき訴の利益がないというべく、従つて原告等の本件訴は不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八十九条第九十三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 飯山悦治 岩野徹 井関浩)

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